死を受け入れ、他人の人生を知るため、若者は知覧特攻平和会館に行くべき。

第二次世界大戦中、追い詰められた日本が下した決断は特別攻撃部隊の結成でした。飛行機に爆弾を持たせ、燃料は片道分だけ。飛行機もろとも隊員は軍艦に向かって突っ込むという悲劇的な作戦は、世界史に衝撃を与えました。
 

必ず死ぬとわかっていても作戦にしたがった20歳前後の若者たちの生き様は、同世代だからこそ共感できる想いがあるはずです。だからこそ、僕は若いうちに知覧特攻平和会館に行くべきだと思いました。
 

死を受け止めると死者の人生が輝く

特攻隊の半数近くは、鹿児島県の知覧から飛び立ったため、隊員たちへの弔いの意を込めて観音様が立ち、記念館として写真や遺書、遺品の展示がされています。会場を見てまわれば、多くの若者の死と向き合うことになるでしょう。
 

知覧飛行場を飛び立ち、帰らぬ人となった現実を目の前にすると、不思議と彼らの生前のエピソードや遺書が、心に響くようになります。ことばの一つ一つが輝きを持ち始める気がするのです。
 

特に、現代を生きる僕たちは死を遠ざけるような風潮があります。誰しもが迎える、人生最後のイベントなのにもかかわらずです。だからこそ、死を受け入れることは新鮮で、とても強く印象に残るのです。

 

IMAG1144

 

特攻隊員の運命に疑問を持たず、素直に受け止める

なぜ、特攻隊の悲劇が起きてしまったのでしょうか。というのは愚問だと僕は思います。考えても仕方がないからです。平安時代の恋愛が分からないように、第二次世界大戦中の作戦の是非も僕らには共感できません。
 

だから僕たちは、ただ素直に受け入れるしかないと考えます。特攻隊員たちの未来への希望、人生への未練、家族への愛を想像し、今の自分にできる精一杯の努力をするべきではないでしょうか。
 

姜尚中さんの著書、「心」にぴったりのフレーズがあったので紹介します。生・死について深い考察があり、とても興味深い一冊です。

 

重要なことは、ものごとの正解・不正解を弁別することではありません。右か左かのどちらかを選ぶことでもありません。両方を受け入れることなんです。 ― 258ページ

 

 

鹿児島市内から知覧特攻平和会館まで、ヒッチハイクで旅をしたのですが、乗せてくれたお父さんが言っていました。
 

「特攻隊員たちの遺書は、その時の自分の心のあり方によって感じるものが違う」とのことです。僕は、なるほど!と思いました。そして、その時ありのままの感情を受け入れることが大切だとも思います。

 

特攻隊員たちと同年代のうちに行きましょう

また、特攻平和会館へは行くタイミングも大切だと思います。小学生、中学生の時に訪れてもイマイチ実感がわきにくいと思います。できれば高校生以上、タイムリーなのは20歳前後でしょうか。特攻隊員たちと同じ年の時に行きましょう。
 

同世代だからこそ、心にズドンと響くものがあります。おそらく、当事者意識が持てるからだと思いました。遺書や写真から伝わる感情が、現実味をもってやってくるからです。
 

より強く共感できるのは、同年代のうちだと僕は思います。知覧特攻平和会館へ行き、戦争の悲劇をしっかりと受け止め、自分の人生と向き合ってみてはいかがでしょうか。

知覧特攻平和会館知覧特攻平和会館知覧特攻平和会館