特攻隊員の遺書を読み、本音を隠した決意の強さに涙が溢れてきた。

太平洋戦争が終わりを迎えるころ、僕と同世代の男たちが、特攻隊員として沖縄の海で散りました。彼らは出陣の前に遺書を書いているのですが、どれも感謝や謝罪、勝利への揺ぎない信念が示されており、とても若者とは思えない文面でした。
 

が、隊員の多くは特攻の前夜に毛布をかぶって震えていたというエピソードを聞きます。つまり、本音は怖くて苦しかったのです。僕は、遺書に弱音をみせず、お世話になった人たちへ感謝の意を表する特攻隊員たちの生き様に、涙が止まりませんでした。

 

 

三角兵舎の外観
特攻隊員が過ごした三角兵舎。ここで出撃の命を待つ。
 

 

自分の死を納得のいくカタチに収めようとしている

僕のイメージですが、遺書には今までいえなかった本音や弱音を書き記すものだと思っていました。誰にもみられたくはないけれど、死んでしまったからいえる率直な気持ちを伝えるものだと思っていました。
 

しかし、よくよく考えてみると、彼らが弱音を吐かなかった理由は想像できるような気がします。心に弱い部分や、葛藤があったのは事実ですが、それでも弱音を吐かなかったように思えてならないのです。

 

遺書に強い自分を書くことで、決意を固めた

20歳前後の若者が、明日、死ぬのです。前途ある青年たちが、多くの夢や希望を残して、散るのです。彼らが心の弱い部分を見せなかったのは、弱音を吐くことで、決意が揺らいでしまう恐ろしさがあったからではないでしょうか。
 

逆を返せば、強い意志を込めた文を書くことで自分自身を鼓舞し、特攻隊としての使命を、軍人としての使命を遂げようとしたのではないでしょうか。苦しみながらも文面で勇むのは、強い意志を曲げないためなのではないでしょうか。
 

僕も同世代として考えてみました。するとやはり、死ぬのは怖いのです。いくら日本の勝利を願っても、生きている家族の幸せを信じていても、死ぬのは怖いのです。しかし逃げられないならば、遺書に決意を表して覚悟を決めるほかありません。
 

確実にしを迎える自分の運命を受け止めるために、強い自分を遺書に表現したのだと思うのです。

 

人生のピリオドとして、勇ましい遺書を書く

遺書の意味について、自分なりに考えてみました。思ったのは、人生最後のことばを、自分の人生をキレイに閉じるために書くの遺書が果たす役割ではないかという持論です。すると、特攻隊員の別の側面が見えるような気がしました。
 

特攻隊員たちの遺書を読むと、彼らの人生の最期に相応しい、勇ましさのあふれる文面で記されているのがわかります。長くはない人生ですが、彼らなりに人生の最期を真剣に考え、生き残った人達が読んだ時に悲しまないように書いているのが伝わってきます。
 

するとやはり、弱音を遺書に記すことはできないと思いました。自分の人生の最後を飾る文書が弱々しいことばに溢れていたら、当時の価値観で考えれば、本人にとっても家族にとっても喜ばしいものはでありません。
 

死を目前にしてもなお、自分の人生ばかりではなく他人の人生を考えるのは素晴らしいと思いました。というよりも、死者の願いは生きているものの幸せにあるのかもしれません。となれば、心配させないためにも、遺書に弱さをみせないのも納得ができます。

 

僕が特攻隊員の遺書には本音が隠されていると考えたのは、以上の理由から導き出された結論です。嘘は書いていないけれど、自分を鼓舞するため、また、最期を飾るために勇ましいことばで書かれたのだと推測します。
 

今の僕と同世代の特攻隊員たちが、死との葛藤に苦しみ書いた遺書を読むと、涙が止まりませんでした。