僕たちの人生は授かりもの。感謝の気持が持てれば、理解できる。

 

今シーズン最高クラスの本と出会いました。1度読み始めると、目からうろこで止められません。気が付いたら、1日で読みきってしまいました。

 

リンゴ農園を営む木村さんのお話です。リンゴは農薬を使わなければ育てられないという常識を覆し、無農薬で、雑草が生い茂る中でとってもおいしいリンゴを実らせたという、奇跡を起こしました。

 

僕がステキだと思ったのは、木村さんが考える生命のあり方です。科学技術の発達の影に潜んでしまった、自然との共存を、リンゴ栽培から学んだ独自の視点で、とても明快に語っていました。

 

現代を生きる僕たちには、絶対に価値のある話だと思ったので、紹介します!

 

人間もリンゴも、自然の中で生かされている。

木村さんは言いました。

 

リンゴの木は、リンゴの木だけで生きているわけではない。周りの自然の中で、生かされている生き物なわけだ。人間もそうなんだよ。人間はそのことを忘れてしまって、自分独りで生きていると思っている。そしていつの間にか、自分が栽培している作物も、そういうもんだと思い込むようになったんだな。農薬を使うことのいちばんの問題は、ほんとうはそこのところにあるんだよ。

 

農薬を使うことで、人がリンゴを生かしていると考えるようになってしまった。人間は、自分たちの知恵と工夫で生きていると考えるようになってしまった。

 

本来、自然と生物との間には上下関係はありません。対等であり、互いにバランスをとりあって、過ごしてきているのです。

 

人間が最も頼りにしているエネルギーである、化石燃料も、元は生命です。多くの生命の力を借りて、豊かな生活を手にしているのです。それを、独りで生きていけると思うのは、おかしな話です。

 

むしろ今では、人間ばかりが利益を得る様子が多く見られるくらいです。バランスはかなり崩壊しています。勘違いした僕ら人間たちが、自然との関係を台無しにしているのです。

 

人間の都合と、自然の摂理とのバランスの難しさ。

木村さんは言いました。

 

ドングリの木を選んだのは自然であり、自然が必要とするからそこにある。その関係が変われば、ドングリの木は静かに枯れていくだけだ。
リンゴの木は違う。リンゴの木を植えたのは人手あり、リンゴの木を必要としているのは、あくまでも人だ。自然の摂理に従うなら、おそらく枯れるしかないだろう。

つまり木村の抱えていた問題は、自然の摂理と人間の都合の折り合いをいかにつけるかという問題でもあった。

農薬は意図も簡単にその問題を解決する。虫が発生すれば殺す。病気が蔓延すれば消毒する。その結果として、自然のバランスが深い部分で傷つけられていた。山の土と畑の土を比べれば、それはあまりにも明白だった。極端な言い方をすれば、現代の農業は自然のバランスを破壊することで成立しているのだ。

 

人間はこれまで、バランスを人間側に傾けることで利益を手にしてきました。しかしそのままでは、いつしか人間とは逆側にバランスが傾き、自然から排除される可能性があります。

 

僕としては、人間と自然とが共存できる未来を創造したい。人間と自然とのバランスについて、木村さん次のように答えていました。

 

どんなに科学が進んでも、人間は自然から離れて生きていくことは出来ないんだよ。だって人間そのものが、自然の産物なんだからな。自分は自然の手伝いなんだって、人間が心から思えるかどうか。人間の未来はそこにかかっていると私は思う。

 

自然の流れに身を任せ、支える。

人間は、自然の中に生み出された生命の一部だということを自覚する必要があります。そしてまた、自然に必要とされた生命として、自然が期待するように、僕たちは自然のお手伝いをするのです。

 

人間が生み出した科学技術も、同じです。自然は、科学技術に期待を寄せているのです。これからの未来に、あるべき姿に向かっていく自然を、科学技術がサポートするためには、人間の力が欠かせません。

 

だからこそ、僕たちは自然を理解しなければなりません。しかし、ただ自然を理解すると言っても、DNAやら化学式やらを勉強するのではなく、全体像をながめて自然が望む未来を創造することが大切です。

 

みなさんのおかげで、僕たちは生かされています。

しかしながら、肩肘張って、自然のために走り回る必要はありません。僕たちにできることは、そんなにスゴくはないのです。

 

人間に出来ることなんて、そんなたいしたことじゃないんだよ。

だってさ、人間はどんなに頑張っても自分ではリンゴの花のひとつも咲かせることが出来ないんだよ。

そんなことは当たり前だって思うかもしれない。そう思う人は、そのことの本当の意味がわかっていないのな。畑を埋め尽くした満開の花をみて、私はつくづくそのことを思い知ったの。この花を咲かせたのは私ではない。リンゴの木なんだとな。

 

『感謝の気持』があれば、自然を理解できる。

木村さんの言葉を読んで、『感謝の気持』の重要性を目の当たりにしました。

 

木村さんは決して、成功を自分のものとして語りません。リンゴの木や、それを取り巻く大自然、支えてくれた家族やお客さんなど、たくさんの感謝の上に、成功を語ります。

 

僕はここに、自然への理解のヒントがあると思いました。

 

感謝の気持が芽生えるということは、関わった人たちの貢献がちゃんと見えているということです。感覚的な理解もあるかもしれませんが、それでも、自分以外のパワーのありがたさを感じられているわけです。

 

従って木村さんは、自然から受けた恩恵を理解できていることになります。これって、自然への理解ではないでしょうか。

 

自然への理解が進めば、自然が期待しているものを想像できます。つまり、自然と人間との折り合いをつけるために必要な情報が手に入るのです。『感謝の気持』は、とても大事ですよね。

 

もちろん、人についても同じことが言えると思います。相手に対する感謝の気持が持てれば、相手への理解が進み、お互いに気持ちがいい関係が築けるのです。

 

まずは、感謝することです。そして、お互いの幸せを考えて行動していきましょう。