成人年齢を「18歳」にして、教育レベルを引き上げてみよう。

成人年齢引き下げの議論が盛り上がっています。依然として、引き下げに反対する数が多いですが、僕は引き下げには前向きです。なぜなら18歳が、ちゃんと考えて投票できるように教育レベルを上げればいいからです。

 

成人年齢「18歳」に7割反対 「意識レベルが相対的に低すぎる」の声も成人年齢「18歳」に7割反対 「意識レベルが相対的に低すぎる」の声も成人年齢「18歳」に7割反対 「意識レベルが相対的に低すぎる」の声も

 

18歳から働いて、自立している人がいる。

18歳でも、ちゃんと社会人として自立できるのです。だから、選挙権をもっても、ちゃんと考えて権利を行使できます。

 

もし、実体が違うのであれば、教育レベルを引き上げればいいのです。ちゃんと、自分のアタマで考えて投票ができるように、10代の頃から考える教育を導入すればいいのです。

 

つまりは、現状の教育に異論を唱えることになります。いつかは向き合わなければならないテーマだったので、早いうちにクリアしてしまいましょう。いいチャンスです。

 

自分のアタマで考えられる18歳ってステキ。

政府は教育改革にいろいろと乗り出しています。それに乗じて成人年齢も引き下げて、さらに教育改革に着手していけば、改善の進行がよりスピーディーになります。

 

そもそもですが、今の時代、18歳の高校卒でいきなり社会に投げ出されても、大人に利用されるだけで数年を過ごしてしまう危惧があります。僕の友人が、そんなことを語っていました。

 

だから、18歳から自分のアタマで考えて、自分で責任のある判断ができる方がいいのです。例え、大学進学をするのだとしても、社会的な責任を自覚できて損はありません。

 

政治に対して、社会に対して、自分の人生に対して、もっともっと当事者意識をもつべきです。若者が社会の一員として、当事者意識をもって考えられるチャンスをつくりましょう。

 

考えられる人が欲しいのです。

個人的な意見ですが、考えられる人ってステキです。しかも若者であれば尚更ですね。これからもドンドン増えていって、ドンドン活躍していってもらいたいです。

 

教育レベルを引き上げ、考える力がついた若者が増えれば、社会益につながります。なぜなら、考えられる人材は、大切だからです。

 

もちろん、考えるだけで何も行動しないのはメリットが小さいですが、それでも、何も考えないで生きている人よりはマシです。とにかく、自分のアタマで考えるのは、大切なのです。

 

主体性のない若者、やりたいことがない、夢がない若者だと揶揄されていますが、そんなネガティブを吹き飛ばすキッカケになりそうです。なんだか、ワクワクしてきました。

 

引き下げ反対の理由を考えるのではなく、引き下げるための方法を考えてみました。すると、教育レベルの引き上げという、嬉しいメリットが出てきました。

 

教育の浸透、そもそも、考えさせる教育とは?と、多数の疑問は残りますが、ポジティブに捉えれば、成人年齢引き下げもいいアイディアになります。

 

引き下げるために必要な取り組みを考えてみましょう。若者だけでなく、社会益につながる要素はまだまだあるかもしれません。