26年間の振り返り:「自分に特別な才能なんてない」〜そして、これから〜

11月で26回目の誕生日を迎えました。しかし最近はほとんどのことが、うまく行きません。何もかもが中途半端で周囲に迷惑をかけ、納期も守れない。学生時代、こんな未熟な26歳を想像していませんでした。

 

ようやく、自分と向きあう覚悟を持てたので、筆を執ります。

 

自分で限界を決めないことが、成長への近道だと考えていました。

僕は、たぶん、自分に嘘をついてきたのかなと思います。(たぶんと言っているのは、まだ自分でも認めたくないからなのでしょう)

 

人がやりたがらない仕事をしよう、とか。頼まれた仕事は、断らないようにしよう、とか。「仕事ができる」幻想にとらわれ、理想の自分像に近づくため、背伸び以上に高いハードルを設定しました。

 

結果は散々なものです。仕掛け中のタスクは山積み。その一方で依頼事項は滝のように流れてくる。気づいたときに時すでに遅し。取り返しがつかなくなり、関係者には迷惑ばかりかける。ひどい有様です。

 

申し訳ない気持ちと悔しさに相まみえながら心をスリ切らす。自分への勇気づけ(嘘によるドーピング)さえも効果がなくなってしまいました。

 

全部YESと言ってみる。そこでやっと、自分の限界が知れる。

しかし苦しくて逃げたくなるような経験も、視点を変えれば学びになります。

 

「いろんな仕事を引き受けていれば、成長できるんじゃないか?」という仮説に対し、25歳の僕は、YESと言い続けていました。

 

経験は僕に教えてくれました。何でもかんでも引き受けていては身がもたない。限られた時間の中で「選択する」大切さを。仕事を完遂するために「人を信頼する」大切さを。できないことを「できないと言う勇気」の大切さを。僕に教えてくれました。

 

「仕事が高い水準でテキパキできる自分」に対して、「選り好みをせずに仕事を引き受け、自分の力で成し遂げる」という仮説は正解ではなかったのです。切付けたのは、仮説を常に実行していたから。どんなシーンでもYESといっていたからです。

 

そして僕は、仮説をアップデートすることにします。「(使える時間を確認したうえで)選り好みをせず仕事を引き受け、自分の力で成し遂げる(だけでなく、仲間の力も頼る。そして、できないことはできないと伝える)」

 

時間を意識し、仲間を頼り、断る勇気を持つことで次のステップへ向かう。

書き出しはめちゃくちゃネガティブな気持ちで筆を執ったのですが、途中で大きな学びに気が付き、方向転換。これ、僕の持ち味だったりします。ネガティブなままで終われないんです。

 

すべての経験は、自分が引き起こしたこと。誰の責任でもなく、自分の経験だと考えるのです。「人は失敗からしか学ばない」と、心理学者のアドラーも言っています。逆を返せば、失敗をいかに学びに変えていくかが勝負。

 

26歳。24/365でメンテナンスとアップデートをし続けていきます。