2016年は『他力本願』をテーマに『心の力』を養います。

あけました。おめでとうございました。2016年になりましたね。

 

2016年のテーマは、『他力本願』です。悩みながら、人の力を借りながら。社会の違和感には真摯な心で向き合い、闇に染まらずに『心の力』を強くする。26年間の人生を振り返った今、『他力本願』がピタッとはまるんです。

 

人任せは誤用。自力だけでは不可能を可能にするための『他力本願。』

一般に、他力本願はネガティブなイメージで使われています。自分の力は使わない。人の力にすがってコトを成す。などです。だから、他力本願は是正すべきと言われています。

 

しかし、本来は違った意味で使われていました。元々は仏教の用語で、「他力=阿弥陀仏」だったのです。

 

1 《他力(阿弥陀仏)の本願の意》仏語。自らの修行の功徳によって悟りを得るのでなく、阿弥陀仏の本願によって救済されること。浄土教の言葉。

2 《誤用が定着したものか》俗に、自分の努力でするのではなく、他人がしてくれることに期待をかけること。人まかせ。

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要約するなれば、自分だけでは到達できないゴールまでの道を仏様が支えてくれるというイメージです。すべての人が救われるチャンスがあると教えてくれています。(もちろん、邪な心はNG)

 

僕たちはたくさんの他力によって支えあっている。

僕は、他力本願が人生の真理だって思うんです。世の中、自分の力だけでは生きられないし、成し遂げたい目標も果たせない。また、自分の力だけでできることを考えても面白く無い。

 

一方、周囲の人と協力すると選択肢が広がります。会社や家族もしかり、公共サービスもしかり。いや、それどころかお金を払うサービスはすべて該当するでしょう。僕たちは、当たり前のように他力に助けられているんです。

 

何ごとにおいても本気のチャレンジであれば、リーダーが自分の主体的な意志を持って臨むというのは当然のことです。問題は、チャレンジのレベルがどんどん上がって、どんなに自分の意志を強くして頑張っても突破できない領域に達したときに、それをどう乗り越えるかということ。経営課題もそこまで煮詰まると、最後は実は本来の意味における「他力本願」が大切になってくるのではないかと思います。

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主体的なチャレンジはもはや前提条件です。どんな場面でも他力が欠かせないのであれば、ネガティブに捉えず、他力本願をテーマに掲げてしまったほうがよくないでしょうか?

 

他力を得られるのは真面目さと謙虚さ。

さらには他力本願を成せる条件も魅力的です。邪な願いや、他人を不幸にする願いはNGだからです。

 

「衆生の志願を満てたまう」とは、食べたい飲みたい楽がしたい眠たいの、私たちの欲望を満たすと言われているのではありません。「永遠に変わらない幸福にしてやりたい」という、弥陀の崇高な志願を、衆生の上に満たしてくださるということです。

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人間として正しい人の願いが他力によって叶えられます。シンプルに言えば、真面目で謙虚な人の願いに他力が集まってくるんですね。ステキです。個人の欲望を満たすわけではない、という点が気に入りました。

 

2015年は失敗の連続。今思えば、他力を得られるような心が微塵もなかったのでした。全部自分の力でなんとかしようと思ってしまっていたのでした。

 

せっかくの失敗経験。生かさずに終わらせてしまえば、水泡に帰してしまいます。

 

予期も悪しきも含め、人生なんです。病気も健康も、生も死も含めて、1人の人生なんです。苦しみ、悩み、進むべき道を1歩ずつ進んでいくことで、心は強く養われていく、と。

 

2015年最後に読んだ本から学びました。2016年も残り366日。頑張っていきます。